QLC若手コロキウム

第10回QLC若手コロキウム

日時:2023年5月26日(金) 16:00~
講演者:今城周作(東京大学物性研究所)、大村周(名古屋工業大学大学院工学研究科)、計2名

※Zoomによるオンライン開催
※開催当日正午までに登録用サイトへ登録された方に、会議IDをお送りします

1)16:00~16:30
講演者:今城周作(東京大学物性研究所)
タイトル:Pomeranchuk効果に対する超強磁場の影響
アブストラクト:
 常圧のヘリウムは極低温においても固体にならない唯一の元素であり、量子効果が最も強く顕在化する特異な元素と言える。安定な同位体としてヘリウム3とのヘリウム4がある。ヘリウム4は核スピンがI=0のボース粒子であるため、2.17 K以下でBose-Einstein凝縮が起こり、超流動を示す。一方、ヘリウム3は核スピンがI=1/2のフェルミ粒子であるため、十分な低温でフェルミ液体として振る舞う。圧力下でヘリウムは固化させることができるが、ヘリウム3の場合は核スピンI=1/2をもつために常磁性固体となり、数十mKの極低温でもRln2の磁気エントロピーが存在する。これにより、約0.3 K以下ではフェルミ液体である液体状態のヘリウム3に比べて高いエントロピーをもつことになり、固化は負の潜熱を伴うこととなる。Clausius-Clapeyronの式から、融解曲線が負の傾きとなり、加熱によって液体が固体となる奇妙な領域が現れることがわかる。これらの現象はPomeranchuk効果[1]と呼ばれ、ヘリウム3の代表的な特異性の一つと知られている。
 Pomeranchuk効果の起源は上述の通り、フェルミ液体状態と常磁性固体状態のエントロピー差である。つまり、磁場印加による核スピンの分極がPomeranchuk効果に影響を与えるはずである。しかし、核スピンの核磁子は電子のBohr磁子の約1840分の1と極めて小さいため、磁場効果を調べるには超強磁場が必要となり、実際、一般的な実験室で発生できる10 T程度の磁場では微小な変化しか観測されていない[2]。
 近年、東京大学物性研究所の国際超強磁場科学研究施設では1200 Tの超強磁場発生に成功[3]し、また、測定技術の発展により数百 T級の強磁場中でも様々な測定が可能となってきた。とは言え、ヘリウム3は入手困難で貴重な元素であり、また、実験環境も高圧極低温という極限環境が必要であるために上述の実験の実現は非常に困難である。
 そこで、本研究では核スピンではなく電子スピンに注目し、電子の液体―固体転移(金属―絶縁体転移)でPomeranchuk効果を示す物質を探索した。通常の金属―絶縁体転移では、電子の固化(絶縁化)と同時に十分なスピン間相互作用によってスピン自由度も消失するためPomeranchuk効果を示さない場合が大半であるが、π電子とd電子が絶妙に混成する配位高分子ではPomeranchuk効果を示す場合があることがわかった。本講演ではこの配位高分子を用いた100 T超級磁場実験の技術的背景や現在の実験結果について議論する。

[1] R. C. Richardson, Rev. Mod. Phys. 69, 683 (1997).
[2] C. C. Kranenburg, S. A. J. Wiegers, P. G. van der Haar, R. Jochemsen, and G. Frossati, Jpn. J. Appl. Phys. 26, 2133 (1987).
[3] D. Nakamura, A. Ikeda, H. Sawabe, Y. H. Matsuda, and S. Takeyama, Rev. Sci. Instrum. 89, 095106 (2018).

2)16:30-17:00 
講演者: 大村周(名古屋工業大学大学院工学研究科)
タイトル:κ-(BEDT-TTF)2Xにおける超短パルス誘起非線形電荷ダイナミクスの解析
アブストラクト:
 κ-(BEDT-TTF)2Xは、Xを置換することによりダイマーモット絶縁体や超伝導、金属状態など多彩な物性を示す[1]。このような物性を光・電場によって高速に変化させ、制御する[2]ことに興味がもたれている。
 近年、κ-(BEDT-TTF)2Xに6 fsの超短パルスを照射することにより、線形吸収帯よりも高エネルギー領域で誘導放出が観測された[3]。これはダイマー内の非線形電荷振動によるものであることが示されている[3,4]。
 この非線形電荷振動の起源を調べるために、拡張ハバードモデルを用いて超短パルス照射で誘起されるダイナミクスを数値的に求めた。その解に特異値分解を適用することで、ダイナミクスに寄与する量子状態が得られる。その結果、ダイマー間の電荷振動のフーリエ変換により得られる非線形成分よりも、さらに高エネルギーな状態も寄与していることがわかった。これは、多光子励起状態と1光子励起状態のカップリングが非線形電荷振動に寄与していることを示している。
 上記のダイナミクスについて各量子状態のエンタングルメントエントロピーを計算したところ、量子傷跡[5]を示唆する状態があることを見出した。当日はこれらの特異な状態についても議論したい。

[1] K. Kanoda, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 051007 (2006).
[2] S. Ohmura et al., Phys. Rev. B 104, 134302 (2021).
[3] Y. Kawakami et al., Nat. Photon. 12, 474 (2018).
[4] K. Yonemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 044708 (2018).
[5] K. Pakrouski, Phys. Rev. Res. 3, 043156 (2021).

3)17:00-
講演者を交えたフリーディスカッション(参加自由)

担当:渡部洋(立命館大学)、時本純(東京理科大学)